地域で生まれたベンチャーがグローバル企業へと躍進する
2021年6月、総額1.55億円の資金調達を実現したサグリ株式会社。AIを使い衛星データから土地を自動で区画化し解析することで耕作放棄地の分類や土壌分析を可能とする。兵庫県丹波市で生まれ、地元の人によって育てられた技術が今、世界へ羽ばたこうとしている。日本の地域から世界へ。新しい産業を生み出す形がここにあった。
どんなに教育をしても 夢は叶わないという ルワンダの現実
将来は宇宙エレベーターを作る JAXA研究者になることが夢だったという坪井氏。一方で、大きな夢を掲げてもそれははみ出し者だと決めつけられ、夢を追い続けることが難しい日本の教育環境に疑問を持っていた。そんな中「はみ出し者集まれ!」を謳うNPO法人ETIC主催 の私塾「Makers University」のポスターに目を奪われた。見事、1 期生に採択された坪井氏は、リバネス代表丸幸弘のゼミに入塾した。宇宙をきっかけに子どもたち自信がやりたいと思う夢が実現できる環境をつくりたい、その思いで宇宙教育事業を提案した。「丸さんにはやめろと言われたのですが、僕は本気だっ たので次のゼミまでに会社を立ち上げていきました」。驚愕する人々の目もなんのその、2016年6月10日「うちゅうにむちゅう」の日に株式会社うちゅうが誕生した。教育こそが子供の夢を現実に近づける武器になる。 そう信じてプログラムの一環でルワンダを訪れたときのこと、彼は衝撃を受けた。「子供たちは、外から来た僕を暖かく受け入れ、笑顔でキラキラと将来の夢を語ってくれました。でも、本当は自分の夢は叶わないことを知っているのです」。子供 たちの家庭はほとんどが農家。農家 の大切な労働力である子供はこの先、中学高校には通えないことを知っている。「自分の夢に向かってもらうために宇宙をきっかけにした教育を始めたはずなのに、僕は叶わないと自覚している夢を子供に語らせてしまった」。農業しか産業がない貧困地域においては、教育から初めても持続可能にはならない。まずは稼げる農業をつくり産業を安定させなければ、次世代の子供が自分の夢をもち、目指す環境は作れない。そう気づいた。
丹波市の農業課題との出会い 日本地域の課題と途上国の課題が重なった
2017年、兵庫県丹波市の元市議会議員の横田親氏が、うちゅうのオフィスに突然来訪された。「ロケットやドローンは、東京では自由には飛ばせない。でも丹波なら飛ばせる。 地方地域の教育格差をテクノロジーと教育の力で解決してくれないか」と声をかけられた。そこで、モデルロケットやドローンの活用による教育分野の地域活性をテーマにシティプロモーション事業に応募し、採択を受けたことをきっかけにうちゅう丹波事務所を開設した。そして見えてきたのは、意外にも日本の農業の課題だった。教育活動を通じて地元の方と触れ合う中で、農家が日々直面している課題が見えてきたのだ。
当時は、ドローンを使った農地センシング・農薬散布、スマート農業 などの言葉が出てきた頃。しかし、コストの高さに対して、何の課題が解決できるのかが不明瞭で、導入へのハードルは高かった。「農家の方と話していくなかで、実は土壌の状況に関わらず肥料が満遍なく撒かれていること、個人のノウハウが手書きでノートに書き連ねてある現実を知りました。そこでまずは約15年分のノートのデジタル化から始めました」。そこで、宇宙工学を専門とする坪井氏は、当時無料で公開され始めた衛星データを農業に使えないかと思い至った。「当たり前ですが、農家の方に衛星データを使おうと 言っても全然ピンときてくれないんですよね(笑)」。しかし、協力的な丹波市の農家の方々に支えられ、衛星データから、土壌の水分量や腐植含有量などのデータを得るため実証実験を積み重ねた。この土壌データを農地の作付管理や収穫履歴と重ねれば、安く生産性の向上ができるはずだ。日本の地方地域の農業課題とルワンダの途上国に蔓延る課題がリンクした瞬間だった。
そして2018年、うちゅうを分社化しSpace × AgriのSAgri(サグリ)を立ち上げた。さっそく衛星データを活用し、農業支援アプリの開発を進めた。しかし、現実はそんなにはうまくいかない。優秀なCTOのもと、プログラムを作っては試行し、 バグが発生しては編集する。しかし、いろいろな要素が絡まりすぎて、ど うにもこうにも進まない。アプリの開発を続けても資金はどんどん減っていく。このままでは、だめかもしれない。漠然とした不安の中、坪井氏は突然、単身インドに飛んだ。3ヶ月間バンガロールに滞在し、インドの農業現場の実情を肌で感じてきたのだ。そこでは少しずつ農家一人ひとりがスマホや農業機械を持ち始めるテクノロジーの進歩の一方で、まだまだアナログな状況が大きかった。しかし、衛星データを彼らの営農現場や融資の情報に使えるという確信が坪井氏にはあった。また、インドの成長性や市場の大きさ、さらには都市部における多くのエンジニアが存在していることから、この地への進出へ大きな魅力を感じてい た。農業の現場に飛び込み、自分の原点を見直す中で、ルワンダの体験をきっかけに始めた事業にも関わらず、日本でアプリ開発している現状は駄目だと考え、帰国と共にサグリのインド進出を決意。同時期に、経済産業省補助事業である「飛び出せ Japan! 世界の成長マーケットへの展開支援補助金」にも採択され、 2019年9月にインド現地法人Sagri Bengaluru Ptv.を立ち上げた。インドの行政機関や、農業機関、金融機関とも連携し、衛星データと耕作状況データを統合させて農地の評価を行った。その情報を金融機関に提供することで信用調査をサポートされ、農家が安定的に農業収益を上げながら、融資金が返済できる仕組みを作った。
地域から世界へ 「Satellite × AI × GRID」
順調に事業が拡大する一方で、急激な方針転換についていけないメンバーもいた。CTOもその一人だった。また、会社管理体制にも少しずつヒビが入っていく。ベンチャーあるあるの一つだろう。その頃出会ったのが現取締役COOの益田氏だ。 大学卒業後に伊藤忠商事で11年間経理や財務、経営企画に携わってきた経験を持つ。「坪井氏の熱意に駆られ半年ほど無報酬でサポートを行っていたが、このままでは会社が危ないと思い、自分がなんとかすると決めました」と益田氏は当時を振り返る。会社体制の立て直しを機に理念の再考も行った。「農業の生産性を上げるために開発してきた、AI を使った衛星データを効率的に解析する技術だが、この技術は農業に限らない課題も解決できると感じた」 という。そしてSatellite × AI × GRID(区画化)のSagriと理念を拡張した。土地を区画化することで見えてくる技術の活用先は今後、都市開発などへの活用も期待できるだろう。
2020年9月、積み上げてきた技術の確実性と、世界規模の課題に対峙するビジョンが評価され、リバネスのテックプランター アグリテックグランプリファイナリストにも選ばれ、見事、損保ジャパン賞を受賞した。そしてここで出会ったのが現 CTOの田中氏だ。同じくファイナリストとして登壇していた岐阜大学の田中氏は、ドローンなどから得られたデータを農業従事者が活用できるデータに変換する統計モデルを作る技術を持っていた。「絶対にこの人を仲間に入れる」と確信していた坪井氏。すぐに岐阜に訪問して田中氏を口説き落とした。「あまりに情熱的だったので、まあいいかなと思いました」と田中氏は笑う。 ルワンダで出会った農業課題と、 丹波市の農家と築き上げた技術はインドで花開き、今、分野を超えた世界規模の課題解決のためにまた世界に羽ばたこうとしている。2020年には、国連プロジェクトサービス機関UNOPSが開いたアクセラレーションプログラムに採択された。衛星データから土壌センシングから「気候変動」を解決するベンチャーとして世界98ヵ国624社中の25 社として選定されたのだ。海外展開というと、ある程度国内で事業が拡大してからと考えがちだが、実は真のグローバル展開とは事業の種の段階から国境の概念を越え、課題に対して愚直に対峙することなのだと、 日本の地域で生まれた小さなベンチャーが教えてくれている。 (文 上野 裕子)